曹洞宗家庭信条その③ その他
敬う気持ちを大事にしよう人はみな仏の子
近年は校内暴力の事があまりマスコミで伝えられなくなりましたが、知人の先生が生徒の暴力でけがをしたり、教育に行き詰まって精神カウンセラーのお世話になったり、今でもかなりあるようです。
また家庭内暴力も無くなる事はないようです。いずれの暴力も自らの生きる方向を見失った若者達の精神的混乱から生じたものなのだと思います。
暴力をもって人に対する事の背後には、他人の生命の尊さを畏れ敬う心の欠如があると思います。
親を敬い師を敬うという気持ちは、今日の子供達には少し縁遠くなっているようです。
弱いもの、小さいものをいたわる思いもまた同じです。
世の大人が子供達に教える事のなかった「咎(トガ)」ではないでしょうか。
家庭における躾を通しての豊かな精神教育こそ大切なのだと思います。
洋の東西を問わず、教育の根幹には、師や目上の人に対して礼儀を守り、父母を敬愛する心の養成がうたわれております。
我が国の場合、戦後の混乱のさなかに永遠に養われるべき美徳すら封建的というレッテルが貼られ捨てられました。
諸外国は、今でも日曜礼拝や食前の祈りの様に、生活にとけ込んだ形で宗教が生きている家庭は多いようです。
かつては我が国でも、毎朝神棚や仏壇にお参りし、合掌して食事を頂く様、親が子供に躾けました。
神仏に対する敬虔な作法によって、尊ぶべきものを尊ぶ敬虔な情操が養われていったのです。
仏陀釈尊の教えは「人はみな仏の子」の人間観に貫かれております。
人は互いに相手を敬い愛する心情がこの教えだと思います。